EMOTHION 200128

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デッサン・スケッチ

EMOTHION 200128

■ ずっと続く疑問

なぜ「芸術的画家」は裸体の「全身」しか描かないのか?
(例外は、「芸術的画家・クールベ」の『世界の起源』だけか?)
なぜ「芸術的写真家」は裸体の「部分」も写すのか?

教科書的な答えは、ケネス・クラークがその著『ザ・ヌード』の
サブタイトル「裸体芸術論・理想的形態の研究」だろう。
しかし疑問が残る。
なぜ「部分」では「理想的形態の研究」はできないのか?
「女体」は「形態」の宝庫ではないのか?
著名な写真家エドワード・ウェストンの写真集にタイトルは
『The Form of the Nude』である。それは「部分」にあふれている。

しかし僕にはそれはどうでもいいことだ。
僕が描くことで捕獲したいのは「理想的形態」(Form)ではない。
僕が捕獲したいのは「エロス」だ。
そして「エロス」は「部分」に実体として厳然と存在しているのだ。

2020/01/28 07:21:43

使用画材:
  • 鉛筆
使用媒体:
  • 画用紙

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