EMOTHION 191109

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デッサン・スケッチ

EMOTHION 191109

なぜ絵画における「裸体画」はすべて全身像なのかがずっと疑問です。写真芸術においては「裸体の美・エロス」への探求において「全身像」だけでなく「部分」「トリミング」も重要な手法であるのに。また私は「顔」に関心がないので描きません。「顔」は「個的なもの」だからです。描きたいのは「普遍的なもの」です。

2019/11/09 09:16:24

使用画材:
  • 鉛筆
使用媒体:
  • 画用紙

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この掲示版のコメント

作品とコメントを大変興味深く拝見させていただきました。archmuseさんの作品はどれも濃密でストーンヘンジの様な存在感がありますね。実物を観てみたいと思いました。
 絵画にも部分拡大の作品はあります。クールベの「世界の起源」です。ただあの作品が見た目ほどエロティックでないのは、顔が描かれていないからです。archmuseさんとは逆に、私は女性の一番エロティックな部分は顔だと思うので、短時間のクロッキーでも必ず顔を描きます(指導の先生によく注意されますが)。「これが私だ。どうだ」と挑んでくる表情にとても魅力を感じるので、私の絵の大切な要素です。つまり自分が求めているのは普遍性ではなく、「個々の物語」でしょうか。
                         シュバルの宮殿

2019/11/16 07:37:06

 



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